karashi.net 声なき者の友の輪

世界のビジョナリー

夢を持って「小さな愛の種まき」を実践している、草の根活動家たちを紹介します。

VOL.003 UKRAINE

ボリス グリシェンコ Boris Grishchenko 迫害、原発事故、紛争の歴史の証人として、ウクライナと周辺国で「声なき者」を支える共同体による「神の国」を目指す

1994年以来、聖書に描かれたイエスに従うユダヤ人とユダヤ人でない人たちが共に集う集会の牧師。ウクライナ・キリスト教協議会の副理事長。

【writer:柳沢 2017.3】

生い立ち

1957年、旧ソ連時代(現ウクライナ)キエフ生まれ。旧ソ連国内で、ドイツ・ヒットラー政権下の迫害に匹敵する過酷な弾圧を受けたユダヤ人家系に生まれた。
ユダヤ名では、卒業後にシベリア労働送りになるため、ロシア名に改名。ソ連共産党の教えに従い、科学こそ人生の指針であり、問題の解決法だと思っていた。1986年チェルノブイリ重大原発事故時、100キロ離れた都市キエフで工業エンジニアとして働いていた。

歩み ~原発事故による体調不良を経て~

4月26日の原発事故から数日間、スウェーデン政府が放射能異常を公表するまで旧ソ連政府は事故を隠蔽したため普通の生活を送っていた。共産党にとって重要な労働者の祭典、メーデーには問題がまったくないと示すために、市民の屋外の祝典への参加が求められたことを鮮明に覚えている。事故後数か月くらいから、歯茎の出血、だるさなどの体調不良を覚える。血液検査の数値が異常と診断された。

1年ほど経ったあるとき、その頃盛んになってきたキリスト教の集会に参加。体調回復の祈りが捧げられ、この会場にいる誰か(自分に似た症状に苦しむ)に主が手を触れられ癒されたと宣言された。フーンと思うが、信じる気もなく聞き流した。翌朝、自分の歯茎から血が出ていないことに気づく。後日、血液検査の結果も正常に戻っていた。祈りが聞かれた対象が自分だとは思わなかったけれども、不思議な経験だったという。

ユダヤ教からイエス・キリストの十字架へ

ユダヤ教徒家庭出身でも何も信じていなかったので、世界中の様々な宗教の本を読み漁った。その後、キリスト教の集会にときどき参加したけれども、うさん臭くも思えた。

 その頃、「あなたはあと24時間も持たない」とベッド脇の医者に宣告された人の話を聞く機会があった。その人はマフィアの一味で悪行の限りを尽くし、刑務所に何度も収監されていた。あと24時間も生きられないと知って、その人が思い出したのが刑務所で聞いたイエスが死人を蘇らせる話だった。そのときは作り話だと思ったが、ベッドのなかで身動きできず、言葉も発せられない中で、できることは心のなかで祈ることだけだった。
「あなたが本当に生きておられるなら、私を生かし、あなたのために働く者にしてください」
意識を失ったら死ぬと思い、祈り続けた。目が覚めるとまだベッドの中にいた。けれども、体が軽くなったように感じて起き上がった。管がたくさんついていたけれどもベッドを離れ、歩くことができたので病室を出た。歩いている自分を見た医者の驚きの顔は忘れられない、という話だった。
「そんなことができる神が、やはりいるのだろうか」
彼の心に迫る話だった。

1989年、商用で現エストニアのタリンに出張。ソ連下で厳しい迫害を受けたことで有名だった教会の前を通りかかり、ふと足を踏み入れる。ひとり椅子に座って十字架を仰ぎ見たら突然、涙が溢れてきた。誰のためにイエスが十字架に架かったのか、初めて鮮明に感じられた。自分が考えた基準や判断を土台にした生き方から、イエスが願うことを選ぶ生き方へ方向転換が始まった。


ユダヤ人とユダヤ人以外のすべての人々が共に歩む共同体を目指す

5年ほど経った頃、自分がユダヤ人の家系に生まれたこと、そしてユダヤ人として生まれ、人種を越えて世界中の多くの人々に救い主と崇拝されるようになったイエスを人生の案内人であり、最高指導者として信じた自分のいのちの意味を思いめぐらす機会が与えられる。イエスを信じる者たちを迫害したパウロが、ユダヤ人とユダヤ人以外のすべての人々が共に歩む信仰の共同体をビジョンとしたことに、深く心が留まるようになり、そのような共同体を目指す牧師として歩みを始めた。20年前に小さな集まりとして始まったものが現在では、キエフの借家会堂に1500人以上が毎週集まるようになっている。

旧ソ連以来、希望を持てない若者たちの多くが麻薬に走るなかで、集会に来るメンバーが麻薬から回復したいと願う若者たちを家族の一員として支え続けるように励まし応援。今では、麻薬中毒の青年たちの回復活動が集会全体の働きになっている。

来日のきっかけとなった「福島未来会議2」

2012年3月、「声なき者の友」の輪主催の福島未来会議2にウクライナから原発事故の証人として招かれ出席。原発事故後の社会を生きる若者たちに、自分の経験からこの人でなくては語れない大切なことを分かち合ってくれた。
»福島未来会議2

2014年に始まったウクライナでの騒乱クリミヤ危機、そして今はウクライナ東部で展開されている紛争地域に平和が回復されるために祈りつつ、紛争のために怪我を負ったり入院したりしている人々に具体的な助けの手を差し伸べているメンバーたちを集会全体で積極的に応援している。

「伝統的ユダヤ教」は高度な組織化とカタを順守することに意義を見出そうとして厳格で硬直した制度に陥りやすいこと、また、「共産主義」は平等という名のもとに人間が作った支配構造に人々を押し込めトップによる抑圧に陥ってしまうという自ら体験したことを踏まえて、イエスが語った「真理はあなたたちを自由にする」ことを、弱い人々が支えられる共同体構築の中で模索、実践しながら歩み続けている。