徒然遊び歌

聖書の言葉をヒントに「生きる喜び」の秘訣を、川柳もどきの「いろは歌」に託して詠んでみました。

信仰歴60年を越え、後期高齢に達したとはいえ、日々未だに理解を深められ続けている聖書。<br />
その言葉をヒントに「生きる喜び」の秘訣を、川柳もどきの「いろは歌」に託して詠んでみました。<br />
「いろは」順に定期的に紹介しますのでお楽しみください

へつらうな
ちからやカネを
持つ人に

い ろ は に ほ へ と
ち り ぬ る を わ か
よ た れ そ つ ね な
ら む う い の お く
や ま け ふ こ え て
あ さ き ゆ め み し
え ひ も せ す

~ へつらうな ちからやカネを 持つ人に ~

人生の処世訓として「世間はうまく渡るもの」というものがあります。
最近、日本の政界を騒がした「忖度」もここに根を持っているのでしょうか。心では抵抗を感じたとしても正義を曲げて、お金・地位・権力を持っている人に「仕方がない」と自分に言い聞かせ「へつらう」選択をしてしまった人々の姿を見せられました。

「へつらい」は社会全体に大きな害毒を流す邪曲な心

 「へつらい」は漢字で「諂」と書きます。この諂 (てん)は、本来は仏教用語で(梵: śāṭhya、シャーティヤ)、人間が持つ「煩悩」のひとつを表す言葉だそうです。 自分の利益や世間の評判を得るために、他者をだまして迷わそうとして、私心を隠して人に媚びるなどして従順を装い、相手の心を操る邪曲な心が「へつらい」であると定義されています。社会正義を問うことをしないこの「へつらい」は社会全体に大きな害毒を流すものであることを忘れてはなりません。

自分の保身のため、短期的には得になるように見えたとしても、正義を曲げて「へつらう」選択は、最終的には自分を貶め、自分に滅びを招きます。 さらに、たまたま権力や財産を持っているために「へつらう」者たちに囲まれと、人は自分が偉くなったかのような錯覚を持つようになり、やがて「裸の王様」になる危険性を孕んでいます。忘れてならないことは、どんな権力やおカネも「諸行無常・盛者必衰」やがて消え去るということです。

旧約聖書 箴言26章28節

偽りの舌は、真理を憎み、へつらう口は滅びを招く